「矢印灯器」の版間の差分
矢印の形状などについて情報追加 |
細 仮称である旨を加筆 |
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矢印灯器登場当初に、60W電球の光源で150mの距離から確認できるように作られた形状<ref name=":0" />。昭和41年頃まで使われていた。後述の[[矢型矢印|矢形矢印]]と似ているが、矢尻の形状が三角形に近く、先端にかけての矢柄の太さの変化が緩やか(または変化がない)である点が異なる。 | 矢印灯器登場当初に、60W電球の光源で150mの距離から確認できるように作られた形状<ref name=":0" />。昭和41年頃まで使われていた。後述の[[矢型矢印|矢形矢印]]と似ているが、矢尻の形状が三角形に近く、先端にかけての矢柄の太さの変化が緩やか(または変化がない)である点が異なる。 | ||
=== 点光矢印 === | === 点光矢印<small>(仮称)</small> === | ||
[[交通信号50年史]]によると、[[日本信号]]が昭和33年に視認性を高めるために制作した矢印で、矢頭 <small><sup>(原文ママ)</sup></small> と矢柄を分離し、点光で表示する形式となっている<ref name=":0" />。現時点で実際に設置例されていた情報が確認されておらず、謎が多い。 | [[交通信号50年史]]によると、[[日本信号]]が昭和33年に視認性を高めるために制作した矢印で、矢頭 <small><sup>(原文ママ)</sup></small> と矢柄を分離し、点光で表示する形式となっている<ref name=":0" />。現時点で実際に設置例されていた情報が確認されておらず、謎が多い。 | ||
=== 初期分離矢印 === | === 初期分離矢印<small>(仮称)</small> === | ||
[[交通信号50年史]]によると、[[京三製作所|京三]]と日本信号が昭和40年〜43年に用いていた<ref name=":0" />(この頃は矢印の形状が試行錯誤されていたため、採用は限定的だった可能性が高い)。矢尻と矢柄が分離されており、現行の矢印と似ているが、矢尻が中央で2つに分割されている点や、矢柄が太い点が異なる。情報が少なく謎が多いが、阪堺電車にかつて設置されていた路面電車用矢印がこのタイプである可能性がある。 | [[交通信号50年史]]によると、[[京三製作所|京三]]と日本信号が昭和40年〜43年に用いていた<ref name=":0" />(この頃は矢印の形状が試行錯誤されていたため、採用は限定的だった可能性が高い)。矢尻と矢柄が分離されており、現行の矢印と似ているが、矢尻が中央で2つに分割されている点や、矢柄が太い点が異なる。情報が少なく謎が多いが、阪堺電車にかつて設置されていた路面電車用矢印がこのタイプである可能性がある。 | ||