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角型灯器

提供:信号機Wiki

角型灯器(かくがたとうき)とは、昭和50年代前半まで製造されていた四角い形状の信号機の俗称である。

角型灯器
羽東一丁目交差点に設置されていた角型灯器
製造期間 昭和6年?〜昭和50年代前半
採用地域 全国
残存数 静岡県などにごく少数
メーカー 日本信号、京三製作所、小糸工業(小糸製作所)など
警交仕規 第9号第23号
レンズ 三角パターンレンズ、格子レンズ、網目レンズなど
アーム (角型)円弧アーム、(角型)通常アーム
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概要

昭和6年頃から昭和50年代前半まで製造されていた。予告信号や1灯点滅など、一部のタイプは鉄板灯器登場後も製造が続けられていた。「角形灯器」、「角型信号機」、「角形信号機」等とも呼ばれる。

日本信号製

日本信号は昭和6年から交通信号機の製造を行っている。最初期のものが角型灯器と呼ばれることは少ないが、ここでは角型灯器として分類する。レンズ蓋の形状によって、以下のような世代に分類できる。

第1世代 (昭和6年〜?)

蓋が表側にあり、蝶番と蓋の固定金具がレンズから飛び出した「H」型の蓋が特徴である。矢印灯器も昭和6年から製造されていた[1]。勝鬨橋のデザイン灯器にはこの世代の特徴が見られる。いつまで製造されていたか定かではないが、昭和20年代後半には第2世代が登場しているため、それ以前の製造と思われる。

第2世代 (昭和20年代後半?〜昭和39年?)

片面横型250mm3位灯の形式がED536[注釈 1]の世代。ガラス製の濃色レンズが採用されていた。昭和36年頃までに蓋固定金具が大きいタイプに変更、昭和38年頃までに蓋が台形(平面が広いタイプ)のものに変更、昭和39年頃までに蓋固定金具が三角形のタイプに変更されている。

第3世代 (昭和40年?〜昭和47年)

片面横型250mm3位灯の形式がED700の世代。昭和42年頃にプラスチックレンズのタイプが登場し、昭和44年頃に台形の蓋の平面部分が狭いタイプが登場した。

第4世代 (昭和47年〜昭和56年〜?)

片面横型250mm3位灯の形式がED1020Aの世代。昭和47〜48年頃に「車両用交通信号灯器」銘板に変更、昭和48年頃に背面の蓋が上開きに変更、 昭和52年頃「金属製車両用交通信号灯器」銘板に変更されている。

第5世代 (?〜?)

表蓋で、レンズ周りや庇が鉄板灯器と似ているタイプ。YY予告灯や水門用角型で見られる。

水門型 (?〜)

レンズ縁が無く、庇が筐体に直接取り付けられているタイプ。深緑色塗装で、水門に設置されているものがほとんど。素子LEDのものも存在する。

京三製作所製

京三製作所も昭和6年から交通信号機の製造を行っている。他社と比べてデザインの変更が少なく、昭和30年代から末期までデザインがあまり変わっていない。

昭和30年代後半までは全て関西蓋(旧関西蓋)だったが、それ以降は基本的に東日本が関東蓋、西日本が関西蓋となっている。

関東では昭和54年頃まで採用されていた。また、神奈川県では300mmの片面や両面セットが多数設置されていた。

小糸製

遅くとも昭和30年代後半には交通信号機を製造していた。大きく分けると昭和43年頃までの初期筐体と、それ以降の後期筐体に分類できる。初期筐体のものは愛知県の「卯坂」交差点にあったものが有名。後期筐体が登場した直後に銘板の社名が「株式会社小糸製作所」から「小糸工業株式会社」に変更されている。3社の中で唯一矢形矢印を採用していない。昭和44年頃までは「全周庇」と呼ばれる庇が取り付けられていた。また、包丁と同じく、昭和50年頃に三角パターンレンズから格子レンズに変更されたが、当時積極的に角型を採用していた東京以外ではあまり見られなかった(予告灯などを除く)。世代によって銘板の位置が異なり、昭和47年までは蓋の下方、昭和47年〜昭和48年頃は上方、昭和49年頃以降は中央に取り付けられている。

予告灯として設置されている筐体(三位灯ではない)としては昭和末期~平成初期頃までも設置があり、このころの筐体はより厚みが増して完全な直方体のようになっている。時期としてはブツブツレンズの採用が始まっているため、採用している都道府県ではブツブツレンズをはめた角型灯器が設置されていた。

注釈

  1. 岡山で路面電車用として使われていたと思われるものがリユース業者に買い取られ、オークションに出品されていたことがある。日本信号株式会社の昭和39年製の交通信号灯ED536を買取しました!

参考文献

  1. 日本信号株式会社50年史編纂委員会. 50年のあゆみ. 日本信号, 1979.